ESSAY of the past
ここでは過去に書いた彼とのエピソード3点を紹介しています。
RAJとの出会い
奴の正体に迫る
ネパールのおぼっちゃん
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私とRAJとの出会いは・・・1998年7月
もうそんなに月日が経ったのねぇ。(しみじみ)
会社の人と珍しく飲みに行った日だった。ちょうどボーナスが出たあとだったなぁ。子供は保育園の年長さんだったので、お泊り保育に行っていたっけ。
事務所の先輩の女性のいきつけのスナックに誘われて行ったのがはじまり。
飲みに行くことも珍しいことだったけれど、スナックに行くなんてこと、まずありえない。
お酒が弱いんじゃなく、一緒に行く相手がいないし、一人では絶対に行かないからって意味で珍しいこと。子供も家にいないってことも、まずあり得ない偶然が重なった日だった。
連れて行かれたお店は普通のスナック。ただ違っていたことは・・・外人が週末だけお手伝いしてたってこと。夫婦でやってるそのスナックのカウンターに座り、その外人さん(一目で外人とわかる顔つき。わかりやすく言えば・・・インド系なんかな?)を物珍しく見る私がいた。
だけど、自慢じゃないが、これでも大学では英語を専攻していたのだ( ̄^ ̄)
アメリカに留学するのが夢だったけれど、親に海外に行くことを泣いて反対されたので、アメリカの大学の日本校(当時流行りでもあった)とやらに行ってたことがある。
外国かぶれだった私の好奇心がかきたてられた。
ただ・・・問題は、彼は日本語ができないようだった。
英語ができるかどうか心配だったけれど、錆付いた私の脳みそを総動員して出身地を聞いてみた。
返って来た返事は「I'm from Nepal.」英語が話せるようだったのでほっとしたけれど、ネパールって(・_・ ) ( ・_・) ドコドコ?
聞いたことはあるけれど、どうにも思い出せない。
インドの隣でヒマラヤのある国だと説明を受けたけれど、ヒマラヤ山脈って、そんなとこにあったのね(^▽^;)
自分の無知さにあきれた一瞬でした・・・
とにかく、彼は日本に来てから日本語もわからず、英語を話せる人も周りにいない状況だったらしく、英語をしどろもどろではあるが話せる私に出会い、感激したようだった。
簡単に自己紹介なんか話して、当然、私は離婚歴があって子供もいることも話した。
日本語を教えてくれるなら、英語を教えてあげようか?ってな話になり、とりあえず、電話番号の交換をした。(初対面の男にこんなことじゃいけませんね・・・)
じゃあ、来週の日曜日に会いましょうってな約束をして、私と会社の先輩は店をあとにした。
ちと省略(笑) コソコソ(( ̄_|
そして次の週の日曜日。私は子供を連れて彼の家に遊びに行った。
英語で会話する私たちを怪訝な顔で見る息子。しまいには、「ボクは日本語しかわからへんねんから、英語で話すなーーー!」と怒り出す始末。
私は彼と息子との間で通訳。一日中、頭の中がぐるぐるしてたっけ(苦笑)
夕方になると、彼は「夕食を食べてって」と言い、食事の支度を始めた。
マメなんだなぁ〜。とへんに感心したのを覚えている。
それからも何度か会ったけれど(この部分も省略・・・)
なぜか・・・
出会ってから2週間後には、彼は私と一緒に生活を共にしていたのである。(早すぎる?(^-^;
( -_-)フッ 大げさなタイトルを付けちまった(笑)
では、本題に入りましょう。
奴の正体・・・未だにわからず。(_△_;〃 ドテッ!
人と出会ったら、まず何を聞きますか?
考えられることっていえば、まず名前や年齢とか、生年月日なんかも恋人なら知りたいですよね。
まず名前。これは聞きました。『RAJ』と教えられたんですがね、パスポート見てびっくり。
ちゃうがなっ!(爆)
ネパールって、大体「ファーストネーム」「ミドルネーム」「ファミリーネーム」が付くんですが、「RAJ」ってのは(((.. )( ..)))ドコドコ
彼の言うには、家族の中だけで呼び合う「ニックネーム」みたいなものがあるらしく、世の中では普通の名前。
で、私に最初教えたのは、そのニックネームだったらしい。
で、RAJってのは、ん〜〜日本語でカタカナ表記すると「ラズ」と読む。
このRAJってのは、王様ってな意味があるらしいです。ですから、同じような名前のついた人も結構ネパールにいるそうです。
ちゃんとした名前は全然違ってます。で、そのちゃんとした名前がまた読みづらいので、私たちはラズって呼んでます。
次に年齢。これは、未だにようわからん。
生年月日もよくわかんない。
というのが、ネパールではネパール暦という独自のカレンダーがありまして、私たちが使っている西暦とはまったく別なのです。
日本にも元号ってのがありますよね。でも、月日は西暦と同じですので、そこまで違っているわけではない。しかし、ネパール暦ってのは、新年の始まりが西暦で4月中旬にあたるのです。こう考えるとこれまたややこしい。
では、例を出しましょうか。
西暦2002年1月1日(火)は、ネパール暦で2058年9月17日(火)
なのです。
となると、彼の誕生日だって、西暦に直すことができます。
でも、彼曰く「パスポートの生年月日は違う」と言うんですよ。なんでやねん!!
どうにも納得いかない。戸籍のようなものもないネパールですから、こういうことも起こりうるのでしょうか・・・
私の勉強不足もあるのでしょうが、これからネパール暦については勉強し、UPしなければ・・と思うのであります。かたじけない(^-^;
でもですよ。自分の誕生日くらい自分でわかるはずです。
あるエピソードを1つ。
あれは、12月のある日。
家に帰ってきた彼は言いました。
彼「今日ネパールの家に電話してきたけど、びっくりしたよ〜!」
私「なにかあったの!?」
彼「今日、俺の誕生日で、みんなでパーティーしてるらしい!」
私「誕生日だったんだ。おめでとう!」
彼「うーーん、そうらしい。。。」
私「へっ?そうらしいって、あんた・・・・・Σ( ̄⊥ ̄lll)・・・・・」
こんな会話どう考えてもおかしいでしょ?
で、今年はいつが誕生日?と聞いたらいつも「さあ?お母さんしかわからない」(_△_;〃 ドテッ!
こんなんでいいのか!?こういうのって、私の彼だけなんでしょうかねぇ・・・どうしてこうなるのか、誰か教えてください。。
というわけで、彼の誕生日も年齢もイマイチわからないのです。
年齢は・・・たぶん私と同じか、1つ上か、2つ上くらい・・・(^-^;
でも、いいことが1つ。
誕生日がわからないので、誕生日プレゼントをあげる必要がない!(= ̄▽ ̄=)V やったね
せ・せこいKUMIKO・・・で終わってしまった(; ̄ー ̄A アセアセ・・・
ネパールにはインドと同じくカースト制度といって、階級制度が今も残っています。
一体いくつに分けられているのかは定かじゃないのですが、職業で分けられているようです。
私のダーリンであるRAJは一番上の階級ならしい。
もちろん、ほんとの意味での一番上は僧侶などなんですが、こちらは別格なんですね。
で、普通なら教育なんかも、途上国なので山に住む人々なんかは学校がなかったり、家が貧しかったりで、十分な教育を受けていないことがほとんど。
しかし、奴はネパールの首都カトマンズに住み、5階建ての家に住み、1階〜3階までの余った部屋を人に貸し、家事は食事の支度以外は通いの家政婦さんがやり、普段の雑用をやる少年(山から連れてきた他人です)を住まわせ、その少年を学校に通わせてやるほど、なに不自由なく育ったおぼっちゃん。
(" ̄д ̄)けっ!ヤな感じ〜〜
私の大嫌いなぼっちゃんだぜ。でも羨ましい・・・
それなのに、女にうつつを抜かし、通学もおろそかにし、結局ちゃんと勉強もしとらん(怒)
飛行機のパイロットになるため、アメリカの飛行訓練所に通うはずが、土壇場になって女を選んだ男だ。(夢を捨てた男だぜ・・・)
( -_-)フッ 最悪やな。おおばか男じゃよ。
話をちと戻すと・・・
彼の話を元に整理すると、彼らは、自分より下の階級の者が作った食事は不浄のものとして食べないらしい。
というわけで、必ず食事は他人に作らせずに自分で作るそうです。
彼のお母様がやってた家事は食事の支度だけだったらしい。
で、仕事も、やる気がどうのこうのということは問題ではなく、違う階級の仕事はできないらしい。
1番上の階級の仕事は、といえば、平たく言えば『ビジネス』をする人々。
・・・( ̄  ̄;) うーん
わかりづらいわね・・・
製造業、掃除人などなどは、下のほうの階級で、売買をするのは上のほうの階級。
で、彼の親戚ももちろん同じ階級なのですが、多い仕事は、『医者』なのです。
歯医者や内科医やら外科医やら。
(ややこしくなるので医療現場の話はまた別の機会にします)
で、彼のお父様、これがとんでもなく困った方で・・・(省略)
彼はこのお父様と一緒に貿易関係の仕事もしていたらしいのですが、この仕事もずっと続くほど簡単な仕事じゃないらしい。
というのも、日本人のように、ネパール人って途上国なので自由に国外に出れないんですよね。ビザの取得が難しいんです。
貿易の仕事でどっさり稼いだ金は、ほとんど彼女が使ってしまったらしい(-。-) ぼそっ
贅沢な女が彼女だっただけに、私がすごくつつましく見えたんでしょうなぁ。。。
贅沢もせず、子供を1人で育て、一生懸命働き、家事も1人でこなし、堅実に生活する日本の女! ( ̄∇ ̄+) キラキラキラ〜♪
こうして、彼の人生は破滅の道をたどるのであった・・・・(って違うやろっ(汗)
オチがついたところで(ついたのか??)、おおまかな坊ちゃん生活を紹介してみました。
